25年以上前になりますが、修士に入りたてのペーペーのころ、遣いで大隅研にサンプルを受け取りに行ったことがあります。建ったばかりのきれいなビルでしたが、ラボはなんか狭いな〜と思った記憶があります。また、もっと鮮明に記憶に残っているのが、ピペットマンのチップを洗って再利用していたこと。水道の蛇口に手製のチップすすぎボックスがつながっていました。そこの学生さんにチップの再利用の手順を詳しく説明してもらいましたが、結局自分ですることはなかった、ありがたいことに・・・。
ところで、どなたか時代背景を説明してほしいのですが、大隅先生が助教授として独立ラボを持った時はちょうど大学院大学のシステムができたときで、講座制とかいう大所帯から助教授でも独立できるようになった時でしょうか?そして、そのおかげでノーベル賞につながる独自の研究ができたという見方もできますか?日本の研究制度の偏移とかも知りたいです。
まあ、私といえば、酵母やっているよー、とその時聞いても、なんで微生物?今後は哺乳類細胞でしょ(自分のボスの受け売りか?)、みたいな感覚で全然大隅先生の研究を理解できなかった。しょんぼり。 |
|