アポトーシスは核の凝縮をともなう、細胞が自らの制御によって施行される細胞死というコンセプトから始まって、現在アポトーシス様形態を示さないものも含めてPCDと呼ばれるようになるにいたります。
ん、、、なんだかどうでもいい前置きをしてしまいましたが、核の凝縮がみられるアポトーシスでその核の形態を示してアポトーシスが起こっていることをしめすと、それでは物足りないからほかのアッセイをした方がいい(タネルとか、アネキシンVとか)というのが、長年アポトーシスの文献や議論に加わってきた経験による感覚なのですが、れいせいにかんがえると何が形態で見た時の懸念で、それを補うためのタネルとかなんだろうけど、いまいちピンと来ないのですが、、、、
例えばタネルは感度がいいとは思いますが、核の凝縮がみられるアポトーシスであれば、その最終形態で、アポトーシスの割合の比較はできますし。アネキシンVは初期のアポトーシスも検出出来るといいますが、後期の核の形態でそろえてみている限りに置いて土俵は一緒ですから比較はできると思いますし、、、
でも現状それでも核の形態で比較可能な実験をしていても、それでは不十分と指摘される可能性はかなりあるとおもいます。これは具体的に何に対する懸念を考えているのでしょうか。 |
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